初めての入れ歯、不安解消ガイド|選び方から日々の手入れ方法まで

「入れ歯にしましょう」と歯科医師から告げられたとき、どんな気持ちでしたか? 驚き、戸惑い、少しの寂しさ――そんな感情が胸をよぎった方も多いのではないでしょうか。

「入れ歯って痛くないの?」「どの種類を選べばいいの?」「毎日のお手入れはどうすれば?」。初めての入れ歯には、わからないことだらけで不安を感じるのはごく自然なことです。

はじめまして。口腔ケアライターの中原志保と申します。東京医科歯科大学を卒業後、歯科医師として約20年間、臨床の現場で多くの患者さんのお口を診てきました。その後は歯科衛生士の養成にも携わり、現在は「専門的な知識を、わかりやすく日常のことばで届けたい」という思いで執筆活動を続けています。

この記事では、初めて入れ歯を作る方に向けて、入れ歯の種類や選び方、費用の目安、慣れるまでの過ごし方、そして毎日の手入れ方法まで、一通りの情報をお伝えします。読み終わるころには、不安がだいぶ軽くなっているはずです。どうぞ、肩の力を抜いてお読みください。

入れ歯の基礎知識 ─ まず知っておきたいこと

入れ歯の話を始める前に、基本的なことを整理しておきましょう。入れ歯は正式には「有床義歯(ゆうしょうぎし)」といいますが、ここでは親しみやすい「入れ歯」という呼び方で統一しますね。

入れ歯にはどんな種類がある?

入れ歯は大きく分けて、「総入れ歯」と「部分入れ歯」の2種類があります。

総入れ歯は、片方のあご(上あごまたは下あご)の歯をすべて失った場合に使うものです。歯ぐきの土手(顎堤)に吸着させて固定します。

一方、部分入れ歯は、自分の歯が1本でも残っている場合に使います。残った歯にクラスプ(金属のバネ)をかけて固定するのが一般的な仕組みです。

「自分の歯が残っているかどうか」で使う入れ歯の種類が決まるので、まずは歯科医院でしっかり診察を受けることが出発点になります。

保険適用と自費診療の違い

入れ歯には、健康保険が適用される「保険の入れ歯」と、全額自己負担になる「自費の入れ歯」があります。この違いは費用だけでなく、使える素材や設計の自由度にも及びます。

項目保険適用の入れ歯自費診療の入れ歯
素材アクリルレジン(プラスチック)金属・シリコーン・特殊樹脂など
費用目安(片あご)5,000〜20,000円(3割負担)15万〜100万円以上
見た目金属バネが目立つことがある自然な見た目のものが選べる
装着感厚みがあり違和感を感じやすい薄く作れるため違和感が少ない
耐久性約3〜5年が目安素材によっては5年以上
修理のしやすさ修理・調整がしやすい素材によっては修理が難しい

保険の入れ歯は、費用を抑えたい方や初めて入れ歯を作る方にとって安心感のある選択肢です。一方で、自費の入れ歯は快適さや見た目にこだわりたい方に向いています。どちらが「良い・悪い」ではなく、ご自身の状況や希望に合わせて選ぶことが大切です。

入れ歯の種類と特徴を比較する

ここでは代表的な入れ歯の種類について、もう少し詳しくご紹介します。

保険適用の入れ歯(レジン床義歯)

保険で作れる入れ歯は、アクリルレジンというプラスチックの一種でできています。総入れ歯も部分入れ歯も、このレジンが基本素材です。部分入れ歯にはクラスプと呼ばれる金属製のバネが付き、残った歯に引っかけて固定します。

メリットは、なんといっても費用が抑えられること。全国一律の保険点数で料金が決まるので、どの歯科医院で作っても基本的な費用は同じです。壊れた場合の修理もしやすいという利点があります。

デメリットとしては、レジンは割れを防ぐためにある程度の厚みが必要なので、装着時に違和感を感じやすい点があります。また、熱を伝えにくいため、食べ物の温度が感じにくくなることがあります。

金属床義歯

歯ぐきに触れる部分(床の部分)を金属で作った入れ歯です。コバルトクロムやチタンなどが使われます。費用の目安は20万〜100万円程度です。

最大のメリットは薄さです。保険のレジン床と比べて約3分の1の厚さで作れるため、違和感が格段に少なくなります。また、金属は熱を伝えやすいので、温かいお茶や冷たいお水の温度をしっかり感じながら食事を楽しめます。

一方で、費用が高額になることと、壊れた際の修理がしにくいことはデメリットといえます。

ノンクラスプデンチャー

金属のバネを使わない部分入れ歯です。歯ぐきに近い色の弾力性ある樹脂で作られているため、見た目が非常に自然で、周囲から入れ歯だと気づかれにくいのが特徴です。費用は15万〜30万円程度が目安です。

ただし、金属床と比べると耐久性がやや劣り、2〜5年程度で作り替えが必要になることがあります。また、壊れた場合の修理が難しいケースもあるため、事前に歯科医師に確認しておきましょう。

シリコーン義歯

歯ぐきに当たる面をシリコーン素材(やわらかいクッション材)で覆った入れ歯です。費用は40万〜60万円程度です。

シリコーンが歯ぐきへの衝撃を吸収してくれるため、噛むときの痛みが軽減されます。吸着力も高いので、外れにくいというメリットもあります。ただし、シリコーン部分に汚れが付きやすい性質があるため、丁寧なお手入れが求められます。

以下に、主な入れ歯の費用相場をまとめました。

入れ歯の種類費用の目安(片あご)保険適用
レジン床義歯(部分)5,000〜15,000円
レジン床義歯(総)15,000〜20,000円
金属床義歯20万〜100万円×
ノンクラスプデンチャー15万〜30万円×
シリコーン義歯40万〜60万円×
マグネット義歯3万〜5万円(磁石部分)+入れ歯代×

※費用は歯科医院や口腔内の状態によって異なります。あくまで目安としてお考えください。

後悔しない入れ歯の選び方

入れ歯の種類を知ったうえで、「結局どれを選べばいいの?」と迷われる方は多いと思います。ここでは、選び方のポイントを3つお伝えします。

歯科医師とのコミュニケーションが鍵

入れ歯選びで最も大切なのは、担当の歯科医師としっかり話し合うことです。自分のお口の状態は人それぞれ異なりますし、残っている歯の本数や位置、あごの骨の状態によっても適した入れ歯は変わってきます。

診察の際には、遠慮せずに疑問や不安を伝えてください。「こんなこと聞いていいのかな」と思うような些細なことでも構いません。私が歯科医師をしていたとき、患者さんからの何気ない質問が、最善の治療法を見つけるきっかけになったことが何度もありました。

費用だけで決めないことの大切さ

入れ歯の費用は、保険と自費で大きな差があります。経済的な事情は大切な判断材料ですが、費用の安さだけで選んでしまうと、「痛くて噛めない」「見た目が気になって外出が億劫になった」といった後悔につながることもあります。

一方で、高額な入れ歯が必ずしもご自身に最適とは限りません。まずは保険の入れ歯で使い勝手を試し、慣れてきたところで自費の入れ歯を検討するという段階的なアプローチも、合理的な選択肢のひとつです。

生活スタイルに合わせて選ぶ

入れ歯は毎日使うものです。以下のようなポイントを考慮して、ご自身の生活に合ったものを選びましょう。

  • 人前に出る機会が多い方 → 見た目が自然なノンクラスプデンチャーやシリコーン義歯
  • 食事を楽しみたい方 → 温度を感じやすい金属床義歯
  • まずは費用を抑えたい方 → 保険適用のレジン床義歯
  • 歯ぐきの痛みが心配な方 → クッション性のあるシリコーン義歯

入れ歯ができるまでの流れと期間

一般的な治療ステップ

入れ歯は1回の通院では完成しません。一般的には以下のような流れで進みます。

まず、歯科医院で口腔内を診察し、レントゲン撮影などで全体の状態を確認します。抜歯が必要な場合は、先に抜歯を行い、傷が落ち着いてから入れ歯の製作に入ります。

次に、あごの型取り(印象採得)を行います。この型取りが入れ歯のフィット感を左右する非常に重要な工程です。保険の入れ歯では1〜2回、自費の入れ歯ではより精密な型取りを複数回行うこともあります。

その後、噛み合わせの記録、仮合わせ(試適)を経て、最終的な入れ歯が完成します。保険の入れ歯であれば型取りから完成まで約2〜4週間、自費の入れ歯はもう少し期間がかかるのが一般的です。

慣れるまでの期間と心構え

入れ歯が完成したからといって、すぐに快適に使えるわけではありません。ここが入れ歯治療の大事なポイントです。

岩手医科大学歯科補綴学講座の情報によると、入れ歯の調整は平均して4〜6回程度が必要で、「入れた次の日→3日後→1週間後→痛みに応じて適宜」というサイクルが一般的とされています。

新しい入れ歯を入れたときに起こりやすいことを知っておくと、心の準備ができます。

  • 口の中の異物感や違和感
  • 歯ぐきへの圧迫による痛み
  • 頬や舌を噛んでしまう
  • 発音がしにくくなる
  • 唾液が一時的に増える

これらの症状は多くの方が経験するもので、2〜4週間ほどで徐々に慣れていくのが一般的です。ただし、「痛みは慣れれば治る」と我慢し続けるのは禁物です。痛みの多くは調整で改善できますので、遠慮なく歯科医師に相談してください。

慣れるまでの期間を少しでも快適に過ごすコツとしては、最初はやわらかい食べ物を小さく切って食べること、左右の奥歯で均等に噛むことを意識すること、鏡を見ながら発音の練習をすることなどが挙げられます。焦らず、少しずつ入れ歯との生活に慣れていきましょう。

毎日の入れ歯の手入れ方法

入れ歯は、天然の歯と同じように毎日のお手入れが欠かせません。お手入れを怠ると、口臭や口内炎、さらには誤嚥性肺炎の原因となる細菌の温床にもなりかねません。正しい手入れの方法を身につけて、清潔な状態を保ちましょう。

基本の洗浄ステップ

入れ歯の洗浄は、「ブラシで磨く」と「洗浄剤に浸ける」の2段階で行うのが理想的です。ライオン歯科衛生研究所でも、毎日のブラッシングと洗浄剤の併用が推奨されています。

具体的な手順をご紹介します。

まず、入れ歯を口から外します。外すときは落として破損させないよう、洗面器に水を張った上で行いましょう。次に、流水の下で義歯専用ブラシ(なければやわらかい歯ブラシ)を使い、やさしく汚れを落とします。このとき力を入れすぎないことが大切です。特に入れ歯の内側(歯ぐきに触れる面)は、強く磨きすぎると隙間ができてしまう原因になります。

ブラシで洗った後は、入れ歯洗浄剤を溶かした水に浸けます。洗浄剤にはブラシだけでは落としきれない細菌やカンジダ菌(カビの一種)を除去する効果があります。就寝前に行い、翌朝よくすすいでから装着するのがおすすめの流れです。

やってはいけないNGケア

入れ歯のお手入れで間違いやすいポイントをまとめます。

  • 歯磨き粉で磨く → 研磨剤が入れ歯の表面を傷つけ、かえって汚れが付きやすくなる
  • 熱湯で消毒する → 入れ歯が変形・変色する原因になる
  • 洗浄剤に長時間浸け続ける → 製品の指示時間を守らないと、逆に細菌が繁殖する可能性がある
  • 乾燥したまま放置する → レジンが変形・ひび割れを起こすおそれがある

神奈川県歯科医師会のコラムでも、「就寝前に外して洗い、洗浄剤に浸しておくこと」が推奨されています。正しいケアを毎日の習慣にすることが、入れ歯を長持ちさせる秘訣です。

入れ歯を外した後の口腔ケアも忘れずに

入れ歯を外した後は、お口の中のケアも大切です。入れ歯と接していた歯ぐきや上あごには、食べかすや細菌が付着しています。

部分入れ歯の場合は、残っている自分の歯をいつもより丁寧に磨きましょう。特にクラスプがかかっていた歯の周囲は汚れが溜まりやすく、むし歯や歯周病のリスクが高まります。

総入れ歯の場合でも、やわらかい歯ブラシで歯ぐきや舌、上あごをやさしくブラッシングし、口の中全体を清潔に保つことが重要です。ブラッシングにはマッサージ効果もあり、歯ぐきの血行を促進してくれます。

入れ歯と長く付き合うために ─ 定期メンテナンスの重要性

入れ歯は「作ったら終わり」ではありません。お口の中は年齢とともに少しずつ変化していきますし、入れ歯自体も毎日の使用で摩耗していきます。快適に使い続けるためには、定期的なメンテナンスが欠かせません。

定期検診の目安

入れ歯を使い始めてからの定期検診は、3〜6ヶ月に1回が目安です。検診では入れ歯のフィット感や噛み合わせの確認に加え、残っている歯の状態や歯ぐきの健康もチェックしてもらえます。

日々の生活のなかで、以下のような変化を感じたら、次の定期検診を待たずに早めに受診しましょう。

  • 入れ歯が歯ぐきに当たって痛い
  • 入れ歯がゆるくなった、ズレやすくなった
  • 噛みにくくなった
  • 入れ歯にヒビが入った、欠けた
  • 口内炎ができやすくなった

こうした症状を「年だから仕方ない」と我慢してしまう方がいますが、放置すると症状が悪化し、治療が長引く原因になります。早めの相談が、快適な入れ歯生活の鍵です。

入れ歯の寿命と作り替えのサイン

保険のレジン床義歯の場合、一般的な寿命は約3〜5年といわれています。金属床義歯は5年以上使用できることもありますが、いずれの場合も素材の劣化や口腔内の変化に合わせて、作り替えのタイミングを歯科医師と相談することが大切です。

なお、保険診療では入れ歯を作ってから6ヶ月間は作り直しができないというルールがあります。この点も踏まえて、最初の入れ歯を作る際にはしっかりと歯科医師と相談しましょう。

まとめ

初めての入れ歯は、不安なことばかりだと思います。しかし、正しい知識を持ち、信頼できる歯科医師と二人三脚で進めていけば、入れ歯はきっとあなたの生活を支える心強いパートナーになってくれます。

この記事のポイントを振り返ります。

  • 入れ歯には「総入れ歯」と「部分入れ歯」があり、保険適用と自費診療で費用や素材が異なる
  • 費用だけで選ばず、生活スタイルや口腔内の状態に合わせて歯科医師と相談して決める
  • 慣れるまでには2〜4週間ほどかかるのが一般的。痛みがあれば我慢せず調整を受ける
  • 毎日のお手入れは「ブラシ洗浄+洗浄剤」の2段階で。歯磨き粉や熱湯はNG
  • 定期検診は3〜6ヶ月に1回が目安。入れ歯と自分の歯、両方をケアする

私は臨床時代、入れ歯を初めて入れた患者さんが「先生、久しぶりにお煎餅が食べられた!」と笑顔で報告してくださったときのことを、今でも鮮明に覚えています。口の中が整うと、食事が楽しくなり、笑顔が増え、毎日の暮らしが豊かになっていきます。

入れ歯との暮らしは、決して怖いものではありません。一歩ずつ、ご自身のペースで慣れていってくださいね。この記事が、その第一歩を踏み出すお手伝いになれば幸いです。