「最近、食事中によくむせるようになった」「食後に咳が続いていて心配」——介護をされているご家族からこのような声をよく聞きます。そのたびに、「できることはもっとあるはずなのに」と胸が痛くなります。
はじめまして。歯科医師として20年近く臨床に携わり、現在は口腔ケア専門ライターとして活動している中原志保です。歯科衛生士の育成にも関わってきた経験から、「毎日のケアこそが健康を守る」という信念を持ち続けています。
誤嚥性肺炎は、高齢者の命を脅かす深刻な病気です。しかし、食事介助の方法と食後の口腔ケアを少し見直すだけで、そのリスクを大きく下げることができます。この記事では、在宅介護に携わるご家族や介護職の方に向けて、今日からすぐに実践できる具体的なポイントをわかりやすくお伝えします。ぜひ最後までお読みください。
目次
誤嚥性肺炎とは?高齢者に多い理由を知っておこう
誤嚥と誤嚥性肺炎のちがい
まず、言葉の意味を整理しておきましょう。「誤嚥(ごえん)」とは、食べ物や飲み物、あるいは唾液などが、本来向かうべき食道ではなく、誤って気管(空気の通り道)に入ってしまうことを指します。
健康な状態では、物を飲み込む際に喉頭蓋(こうとうがい)という小さなふたが反射的に気管を閉じ、食べ物が気管に入るのを防ぎます。ところがこの反射がうまく機能しなくなると、誤嚥が起こりやすくなります。
誤嚥そのものは、ある程度は健康な人でも起きることです。問題は、口の中の細菌が食べ物や唾液と一緒に気管へ入り込み、肺の中で増殖して炎症を起こすこと。これが「誤嚥性肺炎」です。誤嚥してもすぐに肺炎になるわけではなく、口腔内の細菌の量や体の抵抗力がカギを握っています。
なぜ高齢者は誤嚥しやすいのか
東京都立病院機構の情報によると、令和5(2023)年の人口動態統計において誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位となっており、高齢者の肺炎の7割以上が誤嚥性肺炎であるとされています。詳しくは東京都立病院機構「誤嚥性肺炎にならないために」をご参照ください。
なぜ高齢になると誤嚥しやすくなるのでしょうか。主な理由は以下のとおりです。
- 嚥下に関わる筋力(舌・口・喉まわり)が衰え、飲み込む力が低下する
- 咳反射が弱くなり、誤嚥しても吐き出せなくなる
- 唾液の分泌量が減り、口の中が乾燥して細菌が増えやすくなる
- 脳卒中や認知症などの影響で、嚥下をコントロールする神経機能が低下する
- 体力・免疫力の低下により、少量の細菌侵入でも感染が成立しやすくなる
これらが重なると、誤嚥性肺炎のリスクは急激に高まります。特に注意が必要なのは、「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」と呼ばれる症状のない誤嚥です。本人も気づかないうちに、眠っている間に唾液を誤嚥しているケースが少なくありません。だからこそ、日中の食事介助と食後の口腔ケアの両方が大切なのです。
食事介助の前に確認したい「環境づくり」
覚醒状態のチェック
食事介助を始める前に、まず本人の意識状態を確認してください。眠気が強い、うとうとしているといった状態で食事をすると、嚥下反射が鈍くなり誤嚥のリスクが大幅に高まります。声をかけてしっかり目が覚めているか確認し、準備が整ってから食事を始めましょう。
朝一番の食事では特に注意が必要です。起床直後は体がまだ活動モードに入っていないことが多く、嚥下機能も十分に働いていない場合があります。しばらく起こして座ってもらい、会話をするなど口まわりの筋肉をほぐしてから食事を始めると安心です。
食事環境を整える
食事に集中できる環境を整えることも大切な準備の一つです。テレビやラジオはできるだけ消し、食べることだけに意識を向けられるようにしましょう。会話はかまいませんが、口の中に食べ物が入っているときに話しかけるのは避けてください。
また、食事を見せる、においをかいでもらう、「今日は〇〇ですよ」と声をかけるなど、視覚・嗅覚・聴覚から食事の準備を促すことで、唾液の分泌が活発になり、嚥下の準備が整いやすくなります。
誤嚥を防ぐ食事介助の姿勢と体位
食事中の姿勢は、誤嚥予防においてとりわけ重要なポイントです。姿勢一つで誤嚥のリスクが大きく変わるため、毎回丁寧に確認する習慣をつけましょう。
椅子座位(きざい)が理想的
座って食事ができる方には、椅子にしっかり腰かけて両足を床につけた「椅坐位(きざい)」が基本です。このとき、以下のポイントを確認してください。
- 両足の裏が床にしっかりつき、安定した土台ができている
- 上半身を少し前に傾け、あごを軽く引いた姿勢をとる(下あごと胸の間にこぶし一つ分程度のスペース)
- テーブルと体の距離はこぶし一つ分程度を目安に、近すぎず遠すぎず調整する
- 頭が後ろに倒れないよう、必要であれば頸部にクッションなどをあてて支える
頭が後ろに倒れると、あごや舌の動きが制約されて食べ物を飲み込みにくくなります。「あごを引く」「少し前傾み」というキーワードを意識してみてください。
ベッド上での食事介助(半座位・リクライニング)
体の状態によっては、ベッド上での食事介助が必要な場合もあります。ベッドのヘッドアップ(背もたれの角度を上げること)を活用し、なるべく上体を起こしましょう。理想は90度に近い座位ですが、難しい場合でも最低30〜45度程度は起こすようにしてください。
また、リクライニング車いすを使用している場合も、食事の際はなるべく90度に近い角度に調整することが推奨されています。寝た状態に近ければ近いほど、重力の助けが得られず飲み込みにくくなります。
バスタオルやクッションを使って姿勢を安定させることも有効です。なお、姿勢の調整は専門知識が必要な場面もありますので、言語聴覚士や医師・看護師などに相談することも大切です。
介助者の立ち位置と目線
介助する側の立ち位置も非常に重要です。立ったままで上から食べ物を口に運ぶと、食べている方の顔が上向きになり、誤嚥しやすくなってしまいます。必ず本人の正面か横に座り、目線の高さをそろえるようにしましょう。
介助者が目線を合わせることは、食べる方の安心感にもつながります。「次は何を食べる?」「おいしいですか?」などの声かけをしながら、リラックスした雰囲気の中で食事を進めることが大切です。
食事介助中に気をつけたい5つのポイント
姿勢が整ったら、実際の食事介助に入ります。以下のポイントをしっかり頭に入れておいてください。
- 一口量は少なめに。ティースプーン程度の量を目安にし、スプーンを口の奥まで深く入れない
- スプーンは斜め下から水平に差し入れ、舌の真ん中あたりに置き、上唇に触れながらゆっくり引き抜く
- 前の一口をしっかり飲み込んだことを確認してから、次の一口を口に運ぶ
- 食事のペースは本人のペースに合わせ、急がせない(急いで食べると誤嚥リスクが高まる)
- 口の中に食べ物が残っていないか(口腔残留)を適宜確認する
片麻痺のある方の場合は、麻痺のない側(健側)から食べ物を口に運ぶようにすると飲み込みやすくなります。また、食事中に咳き込む、声がかすれる、食後に喉がごろごろと鳴るといった変化は誤嚥のサインの可能性があります。こうした様子が見られたら食事を中断し、医師や看護師に相談することを迷わず選んでください。
むせやすい食品・飲み込みやすい食品を知っておこう
誤嚥しやすい食品の特徴を理解しておくと、日々の食事の工夫に役立ちます。
| 飲み込みにくい食品の特徴 | 具体例 |
|---|---|
| さらさらした液体 | 水・お茶・汁物(早く喉に流れ込みやすい) |
| ばらけやすいもの | ごはん・ひき肉・おから・ひじき |
| ぱさぱさしたもの | パン・カステラ・ゆで卵の黄身 |
| 噛むと水分と固形に分かれるもの | スイカ・高野豆腐・こんにゃく |
| 口の中に張り付くもの | 海苔・わかめ・もち |
逆に飲み込みやすい食品は「やわらかい・まとまりやすい・ベタつかない」という三つの条件を満たしているものです。豆腐の炊き合わせ、茶わん蒸し、プリン、ゼリー、よく煮込んだ野菜などが代表例として挙げられます。
水分やお茶などさらさらした飲み物でむせやすい方には、とろみ剤を活用することをおすすめします。介護用のとろみ剤を使えば、液体に適切なとろみをつけることができ、飲み込みやすさが大幅に向上します。お粥も一見食べやすそうに見えますが、食べているうちに唾液でお粥の水分が分離してさらさらになるため、むせやすい方はお粥にもとろみをつけると安全です。
食後の口腔ケアが誤嚥性肺炎を防ぐ理由
口腔内細菌と肺炎のつながり
「食べたあとに歯を磨けば十分でしょ?」とお思いの方もいるかもしれません。実は、口腔ケアと誤嚥性肺炎の予防には、驚くほど密接な関係があります。
歯の表面についた歯垢(プラーク)1gの中には、なんと1,000億もの細菌が存在すると言われています。虫歯や歯周病があれば、その細菌数はさらに増えます。口腔ケアが不十分な状態で誤嚥が起きると、大量の細菌が一気に肺へと流れ込み、肺炎を引き起こしやすくなるのです。
一般社団法人日本訪問歯科協会でも解説されているように、高齢者の肺炎の多くは、気づかないうちに唾液が肺に入る「不顕性誤嚥」が原因です。日中だけでなく、夜間の睡眠中にも唾液の誤嚥は起きています。だからこそ、食後の口腔ケアに加えて、就寝前の念入りなケアが特に重要になるのです。詳しくは日本訪問歯科協会「高齢者に多い誤嚥性肺炎」をご覧ください。
ある研究によれば、食後の歯磨きとうがい、定期的な歯科ケアを行ったグループの誤嚥性肺炎発症率は11%であったのに対し、行わなかったグループでは約2倍の19%だったという報告があります。口腔ケアの効果は、数字にもはっきりと表れているのです。
食後ケアのベストタイミング
口腔ケアは食後すぐに行うのが基本です。ただし、食後に気分が悪い方や、胃食道逆流(食後に胃の中のものが逆流しやすい方)の場合は、少し時間をおいてから行う方が安全な場合もあります。
なお、口腔ケア中は唾液や水が誤嚥しないよう、座位または半座位を保ちながら行ってください。ケア中に背中をまっすぐ伸ばし、あごを軽く引いた姿勢が誤嚥を防ぐうえで有効です。
正しい口腔ケアの手順と注意点
自分でできる方への口腔ケア
自分でケアができる方は、食後に以下の順番でケアを行いましょう。
- 歯ブラシで歯のすべての面(内側・外側・かみ合わせ面)を丁寧に磨く
- 舌ブラシや軟らかい歯ブラシを使って、舌の表面の汚れ(舌苔)をやさしく取り除く
- スポンジブラシや指ブラシで、歯ぐき・ほほの内側・上あごの粘膜も拭う
- うがいは口の中全体をしっかりゆすぎ、汚れを吐き出す
- 口腔保湿剤(マウスジェルなど)を薄く塗り広げ、乾燥を防ぐ
歯磨き粉は少量で十分です。多すぎると泡立ちが強くなり、うがいの際に余分な水分が誤嚥のリスクになることがあります。
介助が必要な方への口腔ケア
介助が必要な方のケアでは、「安全な姿勢の確保」と「確実な汚染物の除去」が最優先です。介助者は使い捨て手袋を着用し、以下の点に注意しながら進めてください。
- 顔を横向きまたは軽く下向きにして、水や唾液が気管へ流れ込まないようにする
- スポンジブラシで口腔内全体を軽く湿らせてから、歯ブラシでブラッシングする
- ブラッシングでほぐれた汚れは、吸引器(吸引できる環境の場合)やスポンジブラシで確実に除去する
- 無理に口を開けさせず、口まわり以外の部分(手や腕)に先に触れて緊張をほぐしてから口腔ケアを始める
- 開口に難のある方は無理をせず、できる範囲でケアを行い、歯科専門職に相談する
嚥下機能や喀痰機能が著しく低下している方の口腔ケアは、水を使うこと自体が誤嚥のリスクになる場合があります。そのような場合は、水を使わない口腔ケア用ジェルを活用する方法や、訪問歯科診療での専門的ケアの導入を検討してください。
入れ歯(義歯)のケアも忘れずに
入れ歯を使用している方のケアでは、義歯のお手入れも欠かせません。入れ歯の表面には、実は多くの細菌が付着しています。これを怠ると、誤嚥時に細菌が肺へ届いてしまうリスクが高まります。
入れ歯は食後に外してから専用ブラシで水洗いし、就寝時は義歯洗浄剤に浸けておくのが基本です。また、入れ歯を外した後は、残っている歯のケアだけでなく、歯ぐきや粘膜のケアも忘れずに行ってください。入れ歯のバネをかけている歯は特に汚れやすいため、重点的に磨きましょう。
食後に「すぐ横にならない」ことの大切さ
食事が終わったあと、つい横になりたくなる気持ちはよくわかります。しかし、食後すぐに横になることは誤嚥性肺炎の大きなリスク要因の一つです。
食後に横になると、胃の内容物が逆流しやすくなります(胃食道逆流)。特に高齢者は、夜間の睡眠中に胃液や胃の内容物を誤嚥することで誤嚥性肺炎を発症するケースが多いと言われています。
食後は少なくとも30分〜1時間程度、座位のまま過ごすことを習慣にしましょう。その間に口腔ケアを行ったり、テレビを一緒に見たり、会話を楽しんだりすることで、時間を有効に使いながら安全に過ごすことができます。
日常生活でできる嚥下機能の維持
誤嚥を予防するには、日々の嚥下機能の維持も重要です。「嚥下体操(えんげたいそう)」は、口まわりや喉の筋肉を鍛え、飲み込む力を保つための運動です。毎日の習慣に取り入れることをおすすめします。
以下の体操を、食事の前後などに行ってみてください。鏡を見ながら行うと効果的です。
- 深呼吸:鼻から吸ってロからゆっくり吐く(3回)
- 首まわし:正面を起点に左右にゆっくり回す(3回)
- 頬の運動:頬をできる限り膨らませてから、くぼみができるほど強くすぼめる(5回)
- 口の運動:唇を横に引いて「イー」の形、次にすぼめて「ウー」の形(10回)
- 舌の運動:舌を「ベー」とできるだけ伸ばし、次に引っ込める(10回)
- 「パ・タ・カ・ラ」の発声:一音ずつはっきり繰り返す(各5〜10回)
これらの動きは、口や喉の筋力の維持・向上に役立つだけでなく、唾液腺を刺激して唾液の分泌を促し、口腔乾燥を防ぐ効果も期待できます。
なお、むせや誤嚥が続く場合、または急に飲み込みにくさが増したと感じる場合は、嚥下機能の専門評価が必要な可能性があります。かかりつけ医や言語聴覚士に相談してみてください。
まとめ
誤嚥性肺炎は、命に関わる深刻な疾患ですが、日常の食事介助と口腔ケアを見直すことで、そのリスクを大きく減らすことができます。この記事でお伝えしてきた内容を振り返ると、以下のポイントが核心です。
- 食事前は覚醒状態と姿勢を確認し、「あごを引いた前傾姿勢」と「介助者の目線の高さ合わせ」を徹底する
- 食事中は一口量を少なく保ち、飲み込み確認してから次の一口を運ぶ
- むせやすい食品はとろみをつけるなど食形態を工夫する
- 食後は口腔ケアを必ず行い、細菌数を減らす——特に就寝前のケアは念入りに
- 入れ歯を使用している場合は義歯のお手入れも欠かさない
- 食後30分〜1時間は座位を保ち、逆流を防ぐ
毎日のケアの積み重ねが、大切な方を誤嚥性肺炎から守る最大の力になります。「全部完璧にやらなければ」と焦る必要はありません。一つひとつ、できることから丁寧に取り組んでいきましょう。今日からできる小さな一歩が、その方の食べる喜びと健やかな毎日につながっています。

