喫煙と歯周病の深い関係。禁煙がお口にもたらす嬉しい変化とは

歯科医院で「タバコ、吸われますか」と聞かれて、少し身構えた経験はありませんか。

説教されるのかな、と警戒される方は多いです。
私が診療室に立っていた頃も、この質問をした瞬間に患者さんの表情が変わることがよくありました。

はじめまして、中原志保と申します。
歯科医師として20年近く診療に携わり、その後は歯科衛生士を育てる学校で教えていました。
今は口腔ケアを専門に、記事を書く仕事をしています。

この記事でお伝えしたいのは、タバコを責める話ではありません。
喫煙が歯ぐきの中で何を起こしているのか、そして禁煙したときにお口がどんな順番で変わっていくのか。
その「しくみ」と「時間の流れ」を、できるだけ具体的にお伝えします。

歯ぐきは、思っているよりずっと正直に回復してくれる組織です。
その回復の様子を知っていただけたら、禁煙という選択が少しだけ現実味を帯びてくるはずです。

喫煙者の歯ぐきの中で、何が起きているのか

歯周病は、歯と歯ぐきの境目にたまった細菌のかたまり(プラーク)が原因で起こる病気です。
ただし、同じだけプラークがついていても、進み方には個人差があります。
その差を生む最大の環境要因が喫煙だと、歯周病学の分野では長く指摘されてきました。

タバコの成分は「吸い込む」だけでは終わらない

タバコの煙には約4,000種類の化学物質が含まれ、そのうち約200種類が有害物質とされています。
なかでもニコチン、タール、一酸化炭素が三大有害物質です。

紙巻きタバコ1本にはおよそ10mgのニコチンが含まれ、そのうち1〜2mgが肺に到達します。
興味深いのは、その先の経路です。

ニコチンは肺からだけでなく、口の粘膜や歯ぐきからも吸収されます。
喫煙後の唾液中のニコチン濃度は約373ng/mlという報告があり、歯と歯ぐきのすき間からしみ出す浸出液からも、ニコチンの代謝産物であるコチニンが検出されています。

ニコチンそのものが体内から半減するまでの時間は30〜60分ほどです。
ところがコチニンは19〜40時間も体内にとどまります。
つまり歯ぐきは、1本吸うたびの急な刺激と、ほぼ一日中続く慢性的な刺激を、両方受け続けている状態にあります。

血管が縮み、歯ぐきが酸欠になる

ニコチンには血管を収縮させる作用があります。
そこに一酸化炭素が加わると、血液が運べる酸素の量そのものが減ります。

歯ぐきは毛細血管が細かく張りめぐらされた組織です。
その血流が細くなれば、酸素も栄養も届きにくくなり、傷んだ組織を修復する力が落ちます。

ガーデニングにたとえるなら、根に水がまわらなくなった植木のようなものです。
葉の色つやは少しずつ悪くなるのに、水やりを減らしたことと結びつけるのが難しい。
歯ぐきでも、同じことが静かに進みます。

免疫の第一線が乱れる

もうひとつ見逃せないのが、免疫への影響です。

歯周病菌が歯ぐきに侵入したとき、まっさきに駆けつけるのが好中球という白血球です。
細菌を飲み込んで処理するのが役目ですが、喫煙者ではこの好中球の食べる力(貪食能)が低下することが報告されています。

守りが弱くなるだけなら、まだ話は単純でした。
やっかいなのは、防御反応が過剰に働いて、細菌ではなく自分の歯ぐきや骨を壊す方向に傾いてしまう点です。

この免疫と血流、そして細菌のバランスの崩れについては、歯周組織に対する喫煙の影響(日本歯周病学会会誌)で詳しく整理されています。

数字で見る、喫煙者の歯周病リスク

「タバコは歯に悪い」という言葉は聞き飽きているかもしれません。
ここでは、実際にどれくらい差がつくのかを見ていきます。

本数と年数で、リスクは積み上がる

日本臨床歯周病学会は、歯周病になる危険性について次のように示しています。

  • 1日10本以上の喫煙で、リスクは5.4倍
  • 10年以上の喫煙で、リスクは4.3倍に上がり、重症化しやすくなる

一方で、禁煙すると歯周病へのかかりやすさが4割減るとも書かれています。
詳しくは同学会の歯周病と煙草の関係をご覧ください。

数字の並びを見ると、本数と年数の両方が効いていることがわかります。
「本数は減らしたから大丈夫」と考えたくなりますが、吸い続けている限り年数のほうは増えていきます。

日本人を対象にした調査でも同じ傾向

国立がん研究センターの多目的コホート研究(JPHC研究)では、秋田県横手保健所管内で歯科健診が行われ、男女あわせて1,518人が受診しました。

その結果、男性では1日21本以上吸う人の歯を失うリスクが、非喫煙者のおよそ2倍でした。
喫煙年数が長い人ほどリスクが高くなる傾向も確認されています。

さらに注目したいのが、受動喫煙についての解析です。
同じ集団の男性1,164人を対象にした分析では、重度歯周病のリスクが次のように報告されました。

喫煙状況(男性)重度歯周病のリスク
非喫煙・受動喫煙なし基準
家庭でのみ受動喫煙約3.1倍
自分が喫煙約3.3倍
家庭と職場の両方で受動喫煙約3.6倍

自分では1本も吸っていない人が、吸っている人と変わらない水準まで上がっている点に、私は初めて読んだとき言葉を失いました。
永久歯の数も、喫煙者は非喫煙者より平均で約2.5本少なかったと報告されています。

詳細は受動喫煙と歯周病のリスクとの関連についてで公開されています。
なお、この研究では女性において喫煙状況と歯周病の間に統計的にはっきりした関連は見られませんでした。
女性の喫煙者数が少なかったことなど、調査上の制約も考えられます。

家族のためにも、という視点

受動喫煙対策は法律の面でも進み、2020年4月には改正健康増進法が全面施行されました。
厚生労働省の受動喫煙対策のページでは、望まない受動喫煙を防ぐ取り組みが「マナーからルールへ」変わったと説明されています。

ご家族と暮らしている方にとって、禁煙は自分だけの話ではありません。
同じ食卓を囲む人の歯ぐきにも関わってきます。

「出血しないから大丈夫」がいちばん危ない

歯科の現場で私がもっとも気をもんできたのが、この点です。

喫煙者の歯ぐきは、症状を隠してしまう

歯周病のサインといえば、歯ぐきの腫れと出血です。
ところが喫煙者では、血管が収縮しているために、この2つが出にくくなります。

歯ぐきの縁は線維化して硬く厚くなり、ロール状に盛り上がった見た目になることがあります。
炎症で赤くぶよぶよする、という典型的な姿にならないのです。

臨床的には、次のような特徴が知られています。

  • 病気の重症度に比べて、歯ぐきの発赤や腫れ、むくみが軽い
  • プラークや歯石の量と、実際の病状が一致しない
  • 同年代の非喫煙者と比べて、進行の程度が重い
  • 上下の前歯や上あごの内側で、歯周ポケットが深くなりやすい
  • 歯ぐきが下がって、歯が長く見えるようになる

気づいたときには重症、という流れ

出血しないので、ご本人は「調子がいい」と感じます。
歯みがきのときに血がついたことがない、と自信を持って話される方もいます。

その状態でレントゲンを撮ると、歯を支える骨がすでにかなり失われている。
こういう場面を、私は何度も見てきました。

しかも喫煙関連の歯周炎は、20代から30代という早い時期に始まることがあり、進行も比較的速いとされています。
自覚症状という早期発見の合図が消されたまま、内側だけが崩れていく。
これが喫煙者の歯周病のいちばん怖いところです。

出血以外のサインを知っておく

出血に頼れないなら、別のサインを手がかりにします。

見ておきたい変化目安
歯ぐきの色全体に紫がかる、黒っぽい斑ができる
歯ぐきの形縁が厚く硬い、丸く盛り上がっている
歯の見え方以前より長く見える、根元が露出してきた
歯のすき間前歯の間があいてきた、食べ物がつまる
口臭自分では気づきにくいので家族に聞く
歯の動き指で押すとわずかに動く感じがある

ひとつでも心当たりがあれば、痛みがなくても歯科医院で歯周組織の検査を受けてみてください。
歯周ポケットの深さを測る検査は、数分で終わります。

なお、歯ぐきに現れる黒っぽい色素沈着は、スモーカーズメラノーシスと呼ばれるものです。
タバコの成分が刺激となってメラニン色素がつくられた結果で、病気そのものではありませんが、喫煙の影響が見た目に出ているサインだと受け取ってください。

喫煙は、治療の効き方まで変えてしまう

歯周病になってから治療を受ければいい、という考え方もあります。
ただ、喫煙を続けたままの治療には、はっきりした限界があります。

治療後の回復が鈍い

歯周治療の基本は、歯石やプラークを取り除くスケーリング・ルートプレーニングです。
非喫煙者では、この処置のあとに歯ぐきが引きしまり、歯周ポケットが浅くなっていきます。

喫煙者では、この改善が得られにくいことが報告されています。
歯周外科手術を行っても、1年以内に数値が悪化するケースがあり、一般的な歯周治療への反応そのものが鈍いとされています。

理由は、ここまで見てきたとおりです。
血流が乏しく、免疫が乱れた組織では、傷が治る速度も新しく組織が付着する力も落ちてしまいます。

禁煙支援を組み合わせると、治り方が変わる

では禁煙すると治療結果はどうなるのか。
これを日本国内で検証した多施設共同研究があります。

歯周炎のある喫煙者を、禁煙支援を受けるグループと喫煙を続けるグループに分けて歯周治療を行った研究では、禁煙支援を受けたグループのほうが、プロービング時の出血(歯ぐきの炎症の指標)の改善が大きかったと報告されています。
研究の詳細はA multicenter prospective cohort study on the effect of smoking cessation on periodontal therapies in Japanで確認できます。

日本臨床歯周病学会も、禁煙によって手術後の治療経過が非喫煙者とほぼ同等まで改善すると説明しています。

歯科医院で禁煙の話が出る理由

日本歯周病学会は2004年に禁煙宣言を出しています。
歯科の学会がここまで踏み込むのは、喫煙が歯周病の最大のリスク因子であると同時に、禁煙が治療効果を左右する要素だからです。

歯科衛生士の学校で教えていた頃、学生から「患者さんに禁煙の話をするのは気が引ける」とよく相談されました。
私はいつも、生活習慣を叱るためではなく、治療の効き目を上げるための情報提供だと伝えてください、と答えていました。

禁煙すると、お口はどう変わっていくのか

ここからが本題です。
禁煙したあと、お口の中では何が、どれくらいの時間で起きるのでしょうか。

数日から数週間:味覚とにおい

いちばん早く変化を感じるのは、味覚です。

タバコの煙は舌の表面にある味蕾を刺激し続けます。
喫煙をやめると、この刺激がなくなり、味の感じ方が戻ってくる方が多くいます。

私は和菓子を作るのが趣味なのですが、禁煙した知人から「あんこの甘さに層があるのがわかるようになった」と言われたときは、思わず笑ってしまいました。
砂糖の量は変えていないのに、感じ取れる情報が増えたわけです。

口臭も、タバコ由来のにおいが消える分だけ早く軽くなります。
ただし歯周病そのものが原因の口臭は、歯周治療をしなければ残ります。

3か月から半年:歯ぐきの血流が戻る

歯ぐきの内側の変化には、もう少し時間がかかります。

日本歯科医師会が運営するテーマパーク8020では、禁煙後の歯肉血流量と歯肉溝滲出液量の変化が紹介されています。

  • 歯肉血流量は禁煙3か月で有意に増加し、5か月で喫煙前の水準まで回復
  • 歯肉溝滲出液量は禁煙5か月で有意に低下し、25か月で基準の水準まで改善

血流が戻ると、これまで隠れていた炎症が表面化して、一時的に歯ぐきから出血しやすくなることがあります。
禁煙したのに悪化した、と驚かれる方がいますが、これは治る力が戻ってきた証拠と考えられています。
このタイミングで歯科医院に通っていただくと、治療の手ごたえがまるで違います。

数年から十数年:歯を失うリスクが下がる

もっとも時間がかかるのが、歯そのものを守る効果です。

同じくテーマパーク8020では、喫煙者の歯の喪失リスクを2.1(95%信頼区間1.5〜3.1)としたうえで、禁煙10年で有意なリスク低下が認められ、13〜15年でほぼ同等になると紹介されています。

日本人を対象にしたJPHC研究の喫煙、禁煙年数と歯の喪失との関連についてでも、似た傾向が出ています。

禁煙してからの年数(男性)歯を失うリスク
禁煙10年以内約3倍
禁煙11〜20年約2.7倍
禁煙21年以上非喫煙者と同等

十数年と聞くと、気が遠くなるかもしれません。
ただしこの数字は「歯を失う」という最終的な結果までの話です。

歯ぐきの血流は数か月で戻り、治療の効き方はその時点から変わり始めます。
40代でも50代でも、始めた時点からカウントが進むという事実のほうを、私は大事にしたいと思っています。

変化のタイムラインを整理すると

時期お口に起きること
数日〜数週間味覚が戻る、タバコ由来の口臭が減る
約3か月歯ぐきの血流が有意に増える
約5か月血流が喫煙前の水準まで回復、歯肉の炎症性浸出液が減少
数か月〜1年歯周治療への反応がよくなる、手術後の経過が改善
10年歯を失うリスクが有意に低下
13〜21年非喫煙者とほぼ同等の水準に

加熱式タバコに変えれば大丈夫、ではありません

最近の診療室で増えている質問がこれだと、後輩の歯科医師から聞きました。

学会は明確に注意を促しています

日本歯周病学会は2021年と2022年の二度にわたって、加熱式タバコに関する見解を公表しています。

そこでは、加熱式タバコにも依存性物質であるニコチンが含まれており、臨床的に安全性を示す根拠が得られていないと述べられています。
歯科医師向けメディアで発表されたタバコ関連企業の研究についても、非喫煙者の対照群が設定されていない、著者全員がタバコ産業の従事者であるなどの問題点が指摘されています。

原文は新型タバコ(加熱式タバコ)に関する見解2(日本歯周病学会)で読めます。

ニコチンの量は、ほとんど変わらない

口腔に関わる9つの学会が合同で出した注意喚起では、次の点が挙げられています。

  • 加熱式タバコのエアロゾルにも、ニコチンや発がん性物質などの有害化学物質が含まれる
  • 市場に出てからの歴史が浅く、長期的な健康影響は不明である
  • 紙巻きタバコとほぼ同量のニコチンが含まれるため、依存が続き、禁煙が難しくなる可能性がある

歯ぐきの視点で考えると、話はさらにはっきりします。
血管を縮ませているのはニコチンです。
そのニコチンが同じように届いているなら、歯ぐきの酸欠は解消されません。

減らす、ではなく、やめる

紙巻きから加熱式への切り替えは、本人にとっては大きな決断です。
その気持ちまで否定するつもりはありません。

ただ、歯ぐきにとっての目標は「害の少ない吸い方」ではなく「ニコチンが届かない状態」です。
切り替えを検討している方には、その勢いのまま禁煙外来に相談してほしいと思っています。

禁煙を続けるための、現実的な工夫

意志の力だけでやめられる人は、ごくわずかです。
喫煙習慣の本質はニコチン依存症という病気であり、治療の対象になります。

禁煙外来という選択肢

日本では2006年から、条件を満たせば禁煙治療に健康保険が使えるようになりました。
標準的なプログラムは12週間で計5回の受診です。

保険が適用される主な条件は、次のとおりです。

  • ニコチン依存症のスクリーニングテスト(TDS)で5点以上と判定されること
  • 35歳以上の場合、ブリンクマン指数(1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上であること
  • 直ちに禁煙することを希望していること
  • 治療内容の説明を受け、文書で同意すること

加熱式タバコを使っている方も対象に含まれます。
一度治療を受けた場合、次に保険で受けられるのは初回から1年を超えてからです。

詳しい流れは、4つの学会がまとめた禁煙治療のための標準手順書に記載されています。
点数や使える薬は診療報酬の改定などで変わるため、受診前に医療機関へ確認してみてください。

歯科医院を「見える化」の場に使う

禁煙のつらさは、努力の成果が見えにくいところにあります。

その点、お口の中は変化が目に見える場所です。
歯ぐきの色、ポケットの深さ、出血の有無。
これらは3か月ごとのメインテナンスで、数字と写真の形で残ります。

禁煙を始めたら、ぜひ歯科医院にもそのことを伝えてください。
記録を並べて見せてもらえるだけで、続ける理由がひとつ増えます。

一度吸ってしまったときの考え方

禁煙中に一本吸ってしまうことは、珍しくありません。

そこで「もうだめだ」と全部を投げ出してしまうのが、いちばんもったいない結果です。
歯ぐきの回復は、吸わなかった日数の積み重ねで進みます。

失敗を挟みながらでも、トータルの喫煙量が減っていけば、それだけ歯ぐきへの負担は軽くなります。
やり直しは何度でもきくものだと考えて、翌日からまた止めていただければ十分です。

まとめ

喫煙は、歯ぐきの血流を細くし、免疫の働きを乱し、歯を支える骨を静かに削っていきます。
しかも腫れや出血といったサインを隠してしまうため、気づいたときには進行しているケースが少なくありません。

一方で、歯ぐきは禁煙に応えてくれる組織でもあります。
血流はおよそ3か月で増え始め、5か月ほどで喫煙前の水準に戻るという報告があります。
歯周治療の効き方も、そこから変わっていきます。

歯を失うリスクが非喫煙者と並ぶまでには十数年かかりますが、その途中の変化は、もっと早く手に入ります。

もし今、禁煙を迷っているなら、まず歯科医院で歯ぐきの状態を測ってもらうところから始めてみてください。
今日の数値を記録しておけば、半年後の自分が結果を見せてくれます。

味がよくわかるようになった口で、季節の和菓子をゆっくり味わう。
そんな時間が待っていると思うと、悪くない目標だと感じませんか。