歯科の定期検診、何をチェックしてる?検査項目とその目的を詳しく解説

こんにちは。口腔ケア専門ライターの中原志保です。
歯科医師として長年、多くの患者さまのお口と向き合ってまいりました。その中でいつも感じていたのは、「もう少し早く来てくだされば…」という切実な思いです。

「歯医者さんは、歯が痛くなったら行くところ」。
そう思っている方は、まだまだ多いのではないでしょうか。
でも、考えてみてください。痛みや腫れといった症状が出たときには、病気がかなり進行してしまっているケースがほとんどなのです。

大切なのは、症状が出る前に「予防」すること。
そして、そのための最も効果的な方法が「歯科の定期検診」です。

この記事では、「定期検診って、具体的に何をしているの?」という素朴な疑問に、元歯科医師の視点から詳しくお答えしていきます。検査の一つひとつの目的がわかれば、きっと検診への意識も変わるはず。ご自身の、そしてご家族の大切な歯を守るために、ぜひ最後までお付き合いくださいね。

そもそも、なぜ歯科の定期検診は大切なの?

「毎日ちゃんと歯磨きしているから大丈夫」と思っていても、実はお口の中にはご自身では気づけないリスクがたくさん潜んでいます。定期検診がなぜこれほどまでに重要視されるのか、その理由を深く掘り下げてみましょう。

「治療」から「予防」へ。未来の自分への投資

歯科医療の考え方は、この数十年で大きく変わりました。かつては虫歯を削って詰める「治療」が中心でしたが、今は虫歯や歯周病にならないようにする「予防」が主流です。

予防歯科のメリット

虫歯や歯周病は、一度進行すると元の健康な状態には戻りません。治療を繰り返せば、歯は少しずつ弱くなっていきます。定期検診で病気の兆候を早期に発見し、進行を防ぐことができれば、ご自身の歯を生涯にわたって長く使い続けることができます。

痛みが出てからの大掛かりな治療は、時間も費用もかかります。 定期的な検診とクリーニングで健康を維持するほうが、結果的に生涯にかかる医療費を抑えられるというデータもあるのです。 まさに、未来の自分への賢い投資と言えるでしょう。

お口の健康は、全身の健康につながっている

お口は単なる食事の入り口ではありません。近年、歯周病が全身のさまざまな病気と深く関わっていることが明らかになってきました。

歯周病と関連が指摘される主な全身疾患

疾患名関連性
糖尿病歯周病菌が出す毒素が血糖値を下げるインスリンの働きを妨げ、糖尿病を悪化させることがあります。逆に、糖尿病の人は歯周病になりやすいという双方向の関係が指摘されています。
心疾患・脳梗塞歯周病菌が歯ぐきの血管から体内に入り込み、血管の壁に付着して動脈硬化を促進。心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めることがわかっています。
誤嚥(ごえん)性肺炎高齢者の方に多い誤嚥性肺炎は、食べ物や唾液と一緒にお口の中の細菌が気管に入ってしまうことで起こります。歯周病菌もその原因菌の一つです。
早産・低体重児出産妊娠中の女性が歯周病にかかっていると、血中に入った歯周病菌の出す毒素が影響し、早産や低体重児出産のリスクが高まるという報告があります。

このように、お口のケアをすることは、全身の健康を守ることにも直結します。定期検診は、お口だけでなく、体全体の健康診断の第一歩でもあるのです。

歯科の定期検診、基本の検査項目とその目的

それでは、いよいよ本題です。歯科の定期検診では、歯科医師や歯科衛生士がどのような視点で、何をチェックしているのでしょうか。一つひとつの検査項目とその目的を、詳しく見ていきましょう。

① 問診・カウンセリング:お口の状態を知るための第一歩

診察台に座ってすぐ、器具を入れられるわけではありません。まずは、あなたとの対話から始まります。

「最近、何か気になることはありますか?」
「歯がしみる、歯ぐきから血が出る、といった症状はありませんか?」
「全身の健康状態やお薬の服用状況に変わりはありませんか?」

こうした会話の中から、歯科医師はあなたの生活習慣や潜在的なリスクを探ります。 何気ない一言が、診断の重要な手がかりになることも少なくありません。不安なことや疑問に思うことは、どんな些細なことでも遠慮なくお話しくださいね。

② 虫歯(う蝕)のチェック:目で見て、触って、光で探す

虫歯のチェックは、検診の基本中の基本です。しかし、その方法は一つではありません。

視診と触診

まず、歯科医師がミラーと「探針(たんしん)」と呼ばれる先の尖った器具を使って、一本一本の歯を丁寧に見ていきます。

  • 歯の色: 白く濁っていたり、茶色や黒っぽくなっていたりしないか。
  • 歯の溝: 溝の奥に汚れが詰まっていないか、軟らかくなっていないか。
  • 詰め物や被せ物の状態: 詰め物の縁に隙間や段差ができていないか、欠けていないか。

探針で軽く触れることで、歯の表面がザラザラしていないか、軟らかくなっていないかを確認し、初期の虫歯を見つけ出します。

レントゲン検査や特殊な光による検査

歯と歯の間や、詰め物の下で進行する虫歯は、外から見ただけではわかりません。 そのため、必要に応じてレントゲン撮影を行います。また、最近では虫歯の部分だけに反応する特殊な光(レーザー)を当てて、初期の虫歯を数値で診断する機器を導入している歯科医院も増えています。

③ 歯周病検査:歯ぐきの健康診断「プロービング」

歯周病は「静かなる病気」と呼ばれ、自覚症状がないまま進行することが多い怖い病気です。 その進行度を調べるために不可欠なのが、「プロービング」という検査です。

歯周ポケットの深さを測る

「チクチクしますね」と言われながら、歯と歯ぐきの溝に細い目盛りのついた器具(プローブ)をそっと挿入する検査、受けた経験はありませんか?あれがプロービングです。

この検査で、「歯周ポケット」の深さを測っています。健康な歯ぐきなら深さは1〜3mm程度ですが、歯周病が進行すると歯を支える骨が溶け、ポケットが深くなっていきます。

ポケットの深さ歯周病の進行度(目安)
1〜3mm正常値
4〜5mm初期〜中等度歯周病
6mm以上中等度〜重度歯周病

この数値を記録することで、前回と比較して状態が改善しているか、あるいは悪化しているかを客観的に評価できるのです。

検査時の出血の有無を確認する

プロービングでは、深さと同時に「出血の有無(BOP:Bleeding On Probing)」も重要なチェック項目です。 プローブを挿入した際に血が出るのは、歯ぐきに炎症が起きているサイン。 たとえポケットが浅くても出血があれば、現在進行形で歯周病が活動している証拠であり、注意が必要です。

④ レントゲン(X線)検査:目に見えない部分を可視化する

レントゲン検査は、肉眼では見ることのできない歯の根の状態や、歯を支える骨(歯槽骨)の状態を把握するために非常に重要です。

パノラマX線写真

お顔の周りを機械がぐるりと回って撮影する、大きなレントゲン写真です。 これ一枚で、上下の顎全体、すべての歯、顎の関節の状態などを一度に確認できます。 親知らずの位置や、顎の骨の中に病気がないかなどを調べるのに役立ちます。

デンタルX線写真

特定の歯を数本単位で、より詳細に撮影するための小さなレントゲン写真です。 歯と歯の間の虫歯や、歯の根の先の炎症、歯周病による骨の溶け具合などを精密に診断することができます。

「放射線の被ばくが心配…」という方もいらっしゃるかもしれませんが、歯科で使われるレントゲンの放射線量は非常に少なく、日常生活で自然界から浴びる放射線量と比べてもごくわずかです。 診断に必要な検査ですので、安心して受けてくださいね。

⑤ 口腔内写真の撮影:お口の履歴書を作る

専用のカメラで、お口の中の写真を撮影します。 これは、現在の状態を客観的な記録として残すためです。

  • 治療前後の比較: 治療によってどのように改善したかを確認できます。
  • 経時的な変化の観察: 前回の検診時と比べて、歯ぐきの色がどう変わったか、歯のすり減り具合はどうかなどを比較できます。
  • ご自身への説明用: 写真を見ながら説明を受けることで、ご自身のお口の状態をより深く理解することができます。

いわば、お口の「履歴書」や「カルテ」のようなもの。この記録の積み重ねが、長期的な健康管理に役立ちます。

⑥ 噛み合わせ・顎の状態のチェック:お口全体のバランスを見る

歯ぎしりや食いしばりの癖はありませんか?噛み合わせのバランスが悪いと、特定の歯に過度な力がかかり、歯が割れたり、歯周病が悪化したり、顎関節症を引き起こしたりすることがあります。

検診では、

  • 歯のすり減り具合
  • 口を開け閉めする際の顎の動きや音
  • 頬の粘膜や舌に歯の跡(圧痕)がついていないか

などをチェックし、お口全体のバランスが取れているかを確認します。

⑦ 粘膜のチェック:見逃したくない口腔がんのサイン

定期検診では、歯や歯ぐきだけでなく、舌、頬の内側、上あご、唇の裏側といった粘膜部分もしっかりと観察します。

これは、口腔がんの早期発見が大きな目的です。 口腔がんは初期段階では痛みがなく、口内炎と見分けがつきにくいこともあります。

  • なかなか治らない口内炎(2週間以上)
  • 赤くなったり、白くなったりしている部分
  • しこりや、ただれている部分

など、粘膜に異常がないかをプロの目でチェックします。 日本ではまだ認知度が低いですが、口腔がんも早期発見・早期治療が何よりも重要です。

検査だけじゃない!定期検診のもう一つの主役「プロのクリーニング」

各種検査で問題が見つからなかったとしても、定期検診はそれで終わりではありません。むしろ、ここからが「予防」の本番です。歯科医師や歯科衛生士による専門的なクリーニングで、毎日の歯磨きだけでは落としきれない汚れを徹底的に除去します。

歯石除去(スケーリング):硬い汚れを徹底的に

歯垢(プラーク)が唾液中のカルシウムなどと結びついて石のように硬くなったものが「歯石」です。 歯石の表面はザラザラしているため、さらに歯垢が付着しやすくなる悪循環を生み、歯周病の温床となります。

この歯石は、歯ブラシでは決して取ることができません。
スケーリングでは、「スケーラー」と呼ばれる専用の器具(超音波で振動するものや、手用のもの)を使って、歯の表面や歯周ポケットの中に付着した歯石を丁寧に取り除いていきます。

歯面清掃(PMTC):ツルツルに磨き上げ、汚れの再付着を防ぐ

PMTCとは “Professional Mechanical Tooth Cleaning” の略で、専門家による機械的な歯面清掃のことです。

PMTCの主な目的と効果

  • バイオフィルムの除去: 歯の表面には、細菌が寄り集まって形成する「バイオフィルム」というヌルヌルした膜が付着しています。このバイオフィルムは虫歯や歯周病の根本原因であり、歯ブラシでは完全には除去できません。PMTCでは、専用のペーストと回転ブラシやカップを使って、このバイオフィルムを破壊・除去します。
  • 着色汚れ(ステイン)の除去: コーヒー、お茶、タバコのヤニなどによる着色汚れを落とし、歯が本来持つ自然な白さや光沢を取り戻します。
  • 汚れの再付着予防: 歯の表面をツルツルに磨き上げることで、歯垢や着色が再び付着しにくくなります。
  • 口臭予防: 汚れや細菌が減ることで、口臭の改善・予防にもつながります。

PMTCの後は、舌で歯を触るとツルツルになっているのが実感できるはずです。この爽快感は、セルフケアへのモチベーションアップにもつながりますよ。

フッ素塗布:歯を強くし、虫歯に負けない歯質へ

クリーニングで歯の表面がきれいになった後は、仕上げに高濃度のフッ素を塗布します。

フッ素の3つの働き

  1. 歯質の強化: 歯の主成分であるハイドロキシアパタイトと結びつき、酸に溶けにくい強い構造(フルオロアパタイト)に変えます。
  2. 再石灰化の促進: 虫歯菌の酸によって溶け出したカルシウムやリンを、再び歯の表面に戻す「再石灰化」を助けます。
  3. 虫歯菌の活動抑制: 虫歯菌が酸を作り出す働きを弱めます。

クリーニング後のきれいな歯は、フッ素が浸透しやすい絶好のタイミング。 このひと手間で、虫歯予防効果をぐっと高めることができるのです。

歯科の定期検診、気になるQ&A

ここまで検診の内容について詳しく解説してきましたが、最後に皆さんが気になるであろう現実的な疑問にお答えします。

どれくらいの頻度で行けばいいの?

通院頻度は、その方のお口の状態やリスクによって異なりますが、一般的には3ヶ月〜6ヶ月に1回が推奨されています。

  • リスクが高い方(歯周病が進行している、虫歯になりやすいなど): 1〜3ヶ月に1回など、より短い間隔での検診が必要な場合があります。
  • 状態が安定している方: 6ヶ月に1回程度でも良いでしょう。

お子さまの場合は、歯の生え変わりや顎の成長など変化が著しいため、3〜4ヶ月に1回の検診が理想的です。 どのくらいの頻度が自分に合っているかは、かかりつけの歯科医師や歯科衛生士と相談して決めるのが一番です。

費用はどのくらいかかる?

歯科の定期検診は、多くの場合、健康保険が適用されます。
虫歯や歯周病の検査、歯石除去など、治療の一環として行われる検診やメンテナンスは保険診療となります。

費用の目安

保険適用(3割負担)の場合、1回あたり2,500円〜5,000円程度が目安です。
ただし、レントゲン撮影の有無や、行われる処置の内容によって費用は変動します。

一方で、特別な予防処置や審美目的のクリーニング(PMTCなど)は、保険適用外の自費診療となる場合もあります。 費用について不安な場合は、事前に歯科医院に確認しておくと安心です。

所要時間はどのくらい?

検査からクリーニングまで含めて、30分〜60分程度が一般的です。
もちろん、お口の状態や行う処置の内容によって時間は前後します。初診の場合は、問診や詳しい検査に時間がかかることもあります。忙しい毎日だとは思いますが、ご自身の健康のために、ぜひ時間を作っていただきたいと思います。

検査やクリーニングは痛い?

「歯医者=痛い」というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんね。
健康な状態であれば、プロービング検査やクリーニングで強い痛みを感じることはほとんどありません。

ただし、

  • 歯ぐきに強い炎症がある場合
  • 知覚過敏がある場合
  • 歯石がたくさん付着している場合

などは、チクチクとした痛みや、水がしみるといった不快感を感じることがあります。もし痛みを感じる場合は、遠慮なく歯科医師や歯科衛生士に伝えてください。麻酔を使ったり、器具を調整したりと、できるだけ苦痛がないように配慮してくれます。

まとめ:定期検診を、未来の笑顔を守るための楽しい習慣に

歯科の定期検診が、単なる「虫歯探し」ではないことがお分かりいただけたでしょうか。

お口の中を隅々までチェックし、ご自身では取り切れない汚れをきれいにし、病気を未然に防ぐ。それは、未来のあなたが美味しい食事を楽しみ、自信を持って笑い、そして健康に過ごすための、とても大切な時間です。

日本の歯科定期検診の受診率は、欧米諸国に比べてまだ低いのが現状です。 しかし、予防意識は着実に高まっています。

「痛くなってから」ではなく、「痛くならないために」。
ぜひ、かかりつけの歯科医院を見つけて、定期検診を生活の一部に取り入れてみてください。プロのケアを受けた後のお口の爽快感は、とても気持ちが良いものですよ。この記事が、あなたが一歩踏み出すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。